リトルバスターズ!SS 「英語の勉強」

提供:046様
こんな物でもないよりましよ

英語の勉強

   英語の勉強

「……どうしようか」
 井ノ原真人は部屋で一人、困惑していた。  なぜなら、明日朝一で提出の英語の和訳の課題がまだ終わっていない――ていうか、そもそも全然分からないからである。
 真人のプランでは、今日理樹に教えてもらう(もとい、ノートを写す)というものであった。
 しかし、いざそれを実行しようとすると理樹は、
「自分でやらないと意味が無いよ」
 と真人の要求を一蹴した。
 なまじ正論なので反論ができなかった。
 理樹はなよなよした女みたいな外見をしているが、一方では、やたら頑固で真面目なところがある。それが今回悪い方向に働いたようだ。
 なので、仕方なく自分の力で課題をやろうと思ったのだが……、
「わからん」
 わからないのである。
 いや、当然、全く完全にさっぱりわからないというではないのだ。
 What "Adolescence" do you have?
 というような、単語の意味を辞書で引きさえすれば分かるような文章は、
「Adolescenceは青年期っていう意味だから、え~と、『どんな青春期をあなたは持っていましたか?』って感じか?」
 と、なんとか訳をすることができた。
 しかし少し複雑な文章になると、もうお手上げ。
 今現在、理樹は用事でどこかに出かけているので、分からないところを聞くことも出来ない。
「あ~、誰か、教えてくれるようなやつが訪ねてこねぇかな~」
 なんてぼやいていると、ちょうど良く、コンコン、と部屋にノックの音がした。
「はいはい」
 真人が扉を開けると、そこには、
「はろ~えぶりわん、いのはらさ~ん」
 青い目に亜麻色の髪、白いマントを羽織った小さな少女――能美クドリャフカが小さな手をひらひらとさせていた。
「なおえさんいますか~?」
 しめた。
「あ~、今どっかいってっけど、すぐに帰ってくんじゃねぇかな? ちょっと、部屋で待ってろよ」
 そして、ついでに、英語の課題を手伝ってくれ。
「わふ~、じゃあ、そうさせてもらいます。あいうえいてぃんぐふぉーゆー」
 youをwaitingしてはいけないのでは?
 クドは靴を脱ぎ、ヒョコヒョコと部屋に上がった。
「あ~、そういえば、今英語をやっていて……」
 え? 英語?
 ここにいるのはクド?
 あー! これは!
「わお! そうですか! それは大変ですねぇ! しかたない、あいてぃーちんぐふぉーゆー」
 しまった。これは明らかにミスキャストだ。野球の助っ人に水泳選手を持ってくるくらいのミスキャストだ。
 さっきから時折聞こえる英語ですら、何かとても間違っている臭い。
「いや、まあ、そうなんだけどよ」
「わぁお! 全然進んでないじゃないですかぁ!」
 クドは、真人のノートを見ながら嬉しそうに言う。
「いやぁ、教えてもらいてぇのはやまやまなんだが、やっぱり自分でやらねぇと、自分の力に……」
「この『どぅゆうりめんばーちるどふうど』っていうのはですね~」
 ぐはっ。さっそく、てぃーちんぐじょーみーしてくれてらっしゃる。暴風かこいつは。
 しかも『Do you remenber "Childhood"?』は真人が現在つまずいている文の一つ前の文章だ。すでに訳している簡単な文。
「どぅーゆーれめんばーが『あなたは覚えてますか?』って意味でですね~。このちるどふうどが……。このちるどふうどが……」
 クドは人差し指を口に銜えて、ふ~む、と唸ると、
「『あなたはチルドフードを覚えていますか?』っていう意味ですぅ。わふ~」
 なぜかすごく満足そうに回答を導きだした。最後のわふ~は誤魔化しか。
「さっき調べたところによると、Childhoodは『幼年時代』って意味みたいだ。で、読み方は、どちらかというとチルドフードじゃなくてチャイルドフッドだったと思うぜ」
 その文はもう訳したので、真人は助け舟をだした。
 やはり、危惧した通りにこの帰国子女はあまり頼りにできそうにない。
「あ~あ~そうでしたね。そういえばそうですね~」
 クドは、さも知ってましたよ、というようにふむふむと頷く。
「あ~、けどこのいのはらさんの書いた『りめんばー』はまちがってますよ~。正しくは『りめむばー』ですよ~」
 うわっ、あんまりやくにたたないところはしっかりと指摘しやがる。確かに、rememberであるところがremenberとなってしまってはいるけれど。
 それにしても指摘の仕方もおかしい。こいつはローマ字読みで英単語を覚えているのだろうか。
「さぁ~て次は……」
 次こそ真人が躓いていた文だ。もしかしたら、もしかするかもしれない。完全には、分からないかもしれないが、なにかヒントくらいは出してくれるかもしれない、と真人はほんのちょっとだけ期待した。
「ざいれぷ……いれぷ……いれぷらけ……」
 舌ったらずな声で必死に英語を読もうとするクド。
 駄目だ。そもそも『The irreplaceable one existed there.』を読めてない。『いれぷらけ』って。
「この『irreplaceable』ってのは『かけがえのない』って意味で」
「ふむふむ」
「『existed』ってのは『exist』の過去形で『存在した』って意味みてぇだ」
「ふむふむ」
 真人が辞書を引きながら言うことを、納得するようにクドが頷く。
「『there』が『ここ』って意味だから……」
「つまり、『このかけがえのない一つが存在したここ』っていう訳になるんですね!」
 ですね、って。
「思いっきり直訳じゃねぇか、それ」
「わふ~♪」
「……おまえ、それ誤魔化してるだろ」
「わふ~!」
「……。この『one』の訳しかたが」
「わあ、無視はひどいですよう」
 どないせいちゅうねん。
 クドは真人から辞書を奪って、単語を調べだした。
「おう、『ざわん』には『神』っていう意味があるみたいですよ~」
 『the one』のことだろう。
「そうすると『かけがえのない神が存在したここ』っていうのはどうですか?」
 う~ん、どうなのだろう。
 真人がどうすればいいのか考えていると、また部屋に、コンコン、というノックの音が聞こえた。
 ノックの音のすぐ後に、鍵をかけていない扉を開けて、
「おい、理樹はいないか?」
 と恭介が入ってきた。
 やった、渡りに船だ。
「はあい、きょうすけさん!」
「おお! 恭介、いいところにきた。ちょっとこっち来てくれ」
「ん? なんだ?」
 恭介は、真人とクドがいる机にやってきた。
「ちょっとこの文が訳せないんだ。教えてくれないか?」
 真人は恭介に問題の文を見せた。
「ああ、これは『ここにはかけがえの無いものがあった』でいいんじゃないか? 前後の文章を読んでないからわからないが」
「「おお~~」」
 真人とクドは同時に声をあげた。
 さすがは恭介だ。こういうことには頼りになる。
 恭介はいつもふざけたことをやってはいるが、実は基本的な能力は並外れている。
「あ~そういえばきょうすけさん」
「ん? なんだ? クド?」
「りとるばすだーず、ってどういう意味なんですか?」
 クドが恭介尋ねた。
「あ、そういえばオレもしらねぇな」
「『小さい健康で元気な男の子達』っていう意味ですかー?」
 クドが辞書を引きながら聞いた。
「それじゃあ、鈴が入らないだろう」
「じゃあ、どんな意味だ?」
「『小さいお兄さん』っていう意味だ」
「おい、それお前だけだろ! しかも複数系だし」
「おいおい、いつから真人はそんなことを気にするほどけつの穴の小さい男になったんだ?」
 なんていう言われようだ。
「わふ~! 真人さんは人間的に小さいですぅ!」
 ええー? なんでオレはこんなに言われてるの?
「おいおい、クドにまでいわれてるぞ、真人。ここは認めるしかないんじゃないか?」
「……『小さいお兄さん』」
「ああ、『小さいお兄さん』だ」
「わふー。『小さいお兄さん』ですぅ!」
「よし『小さいお兄さん』出動だ! 理樹を探しに行くぞ」
「おー!」
 恭介とクドは、何故か知らないが、意気揚々と部屋を出て行く。
「おい、真人、早くこい!」
「あ、ああ」
 真人も二人の後に続く。
 課題は……、まぁいいか。どうにかなるさ。
 どうせオレは『騒いで楽しむ人』なんだから。